2011年4月18日の活動報告(気仙沼・陸前高田)

あっぷるんるんくらぶ です。

本日は、気仙沼市と、陸前高田市の個人宅へ行って来ました。
気仙沼市役所、気仙沼市民健康管理センターすこやか、気仙沼の個人4件、陸前高田の個人1件です。


■気仙沼市役所
前回気仙沼市役所に物資を届けたのですが、なかなか市の職員さんの周知がうまくできないのでその確認と調整もかねて行きました。
前回3月24日の報告でもふれましたが、気仙沼では会員Aさんが支援物資の管理を引き受けてくれまして、相談があった場合にはAさんと連絡をとってもらい、Aさんが市役所に保管してある物資を状況を伺いながら必要な物をお渡ししてきました。
ただ、現在のところ石巻などのようにたくさんの患者さんからコンタクトがあるという状況にはありません。


■気仙沼市民健康管理センターすこやか
それからアトピッ子地球の子ネットワークさんが一関病院に届けていただいた支援物のうち、一関の会(すわんの会)の会員で必要な分を配布し、残りを気仙沼市民健康管理センターすこやかへ移したと、一関のあっぷるんるんの会員さんに聞きまして、「すこやか」に行きました。

一関は4日間の停電はあったものの、その後は比較的通常に戻ったそうです。
(燃料の不足等はもちろんあったようですが・・)

市役所には日本ハムのレトルトカレーとミートソースも届いており、市役所よりもすこやかの方が、物資の管理ができる人がいるだろうと判断し、前回持ってきた物の大半と、日本ハムさんの物資も半分くらいすこやかに運びました。
一関から移した分の他、辻安全食品さんが持ってきてくれた物資も置いてありました。
見たところ配布された形跡はありませんでした。
すこやかでは、保健師さんはいたのですが、アレルギーは栄養士しか分からないというような少し頼りない反応。
物資は通常の食品などとは分けて保管されていますので、引き続きAさんに支援物資の管理をお願いし、現地から支援要請が入った際には、Aさんと連絡を取りながら対応をして頂くようにしています。

市役所で合流したAさんにも、ここで物資の補給。


□気仙沼市 Nさん
Aさんのところに連絡のあった方です。
7才と5才の姉弟。卵と小麦、他少々のアレルギー。
Aさんと一緒に、自宅近くの待ち合わせのセブンイレブンへ。
姉弟もお母さんと一緒に自転車に乗ってやって来ました。
150mほど先の自宅の場所を聞いて、車を移動。
お姉ちゃんは3月12日が誕生日で、お母さんがケーキを作る準備をしていたそうです。
ケーキも少し持ってきていたので、少し遅い誕生日ケーキだけどね、と言って渡しました。
弟さんも、ドーナッツに大喜び。
とっても元気な姉弟で、一緒にサッカーをしようと言われ、小さなボールで一緒にしばらくサッカーもしました。
大変な経験をしてきたのに、とっても前向きで明るく、私たちも少し救われたような気がしました。


□陸前高田市 Kさん
Kさんはポスターを見て、盛岡アレルギーっ子サークル「ミルク」さんに連絡が入りましたが、
その前にもヘルシーハットの会員さんでもあったこともあり、ヘルシーハットにも連絡をもらっていました。
気仙沼に本日行くことになったので、少し北に足をのばし、事前に欲しい物を聞いて−ケーキやチョコレートが大好きとのことで−、そうした物を中心に届けてきました。
両親とお子さんは外出中でしたが、おじいちゃんおばあちゃんとお話をし、孫が帰ってきたらすごい喜ぶとおっしゃっていました。

津波の被害が甚大な陸前高田ですが、Kさん宅は高台にあったため、津波の被害は免れています。
ただ水道がまだ復旧していないとのこと。


□気仙沼高校(避難所) Cさん
気仙沼のボランティアの方から、アレルギー支援ネットワークさんに連絡があった方です。
卵のアレルギー8才、アレルギー確定診断前の1才の兄弟。
下の子は、震災がなければ3月半ばに仙台で検査の予定だったそう。

自宅は津波の被害を免れたが、祖父母の家が津波の被害を受け、祖父母は気仙沼高校で避難生活。
ご主人も失業し経済的にも大変な状況だが、乳児がいるので、避難所では寝るのが大変なので寝るときは自宅に帰り、食事は避難所にきて祖父母と一緒に食べているという状況。

避難所で出される食事に、卵が入っているかどうか確認すると、「こんなときにそんなリスクは負ってまで食べないで」と言われ、ご飯+αくらいしか食べられなかったそうです。
石巻で何とかうまくやっている例と比較すると、(避難所の担当の人だけではなく、周囲の人も含め)やはりアレルギーへの日頃からの理解というものがとても大切だと実感しました。
来週には学校が再開され、パンと牛乳の簡易給食が出されるのですが、パンが食べられないので、持たせる物をどうしようかと思っていたとのこと。

気仙沼に入ってから、電話で連絡を取り、「食料いっぱいあるから持っていきます」と伝えたとき、お金がないので・・としきりに気にしていたので、「全部無償ですから安心してください」と伝えました。
家があっても、失業、再就職のあてもないという現実は、今後の生活の大きな不安材料であることは言うまでもありません。


□小泉中学校(気仙沼市/避難所) K2さん
火曜日(12日)にポスターを見て連絡をもらった方です。
今春震災の前に高校を卒業したばかり。
食物アレルギーはないのですが、アトピー性皮膚炎が悪化。かゆみが増悪。
薬は巡回の医師に話をするようにアドバイスし、それ以外のスキンケア用品をもっていきました。
また衣類が欲しいいうことで、お古ですが少し服を持っていきました。

小泉中学校のある本吉地区は、気仙沼市の南端に位置するところです。
よく報道されている陸前高田や、南三陸と変わらないくらい壊滅しています。
国道45号を南下していったのですが、壊滅した地域を進むと目指す中学校が1km先に見えるところで、道が寸断。
津谷川にかかるが橋が流されていました。
上流の渡れる橋まで約10km迂回し、やっと到着。
すでに18時をまわり、真っ暗になってしまいました。

避難所にはお風呂が設置されていましたが、入れるのは週に1回程度。
体育館にストーブ3台だけ。
今日は風が大変強く、とても寒かったです。
暖をとれるような上着があまりない、やっとパーカーを1枚買ってきたところだとと聞き、車に積んでいた何枚かのジャンバーも渡しました。
お兄ちゃんからはポロポロと涙が・・・
校庭に建設中の仮設住宅が完成するのはまだしんばらくかかる上、入れる保証もないので・・と言っていましたが、お母さんはとても明るく気丈に振る舞っていました。



本日は、これにて仙台へ。夜10時くらいに帰ってきました。
仙台は桜が咲き始め、毎年お花見でにぎわう西公園にも提灯がつるされ、今日もお花見をする方がいました。
被災地にも桜が少しずつ咲き始めています。
本吉で迂回したルートでは、壊滅しがれきのみとなった道端で、黄色いスイセンがたくさん咲いていました。
帰ってから調べてみると、本吉町小泉の水仙ロードというらしいです。
「本吉 水仙ロード」で検索するといろいろ出てきます。
完全に津波をかぶったのに、力強く咲く水仙を見ると、何とかこの地区も再生して欲しいと願ってやみません。

     

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